[創商見聞] No.66 前田 祐一 (上高地自動車)

「創商見聞 クロスロード」の第66弾で紹介するのは、自動車メンテナンス部品の卸売・販売会社「上高地自動車」CEOの前田祐一 さん。壮絶な20代の経験から、大きな転換期を迎えた業界の動向など、話を聞いた。

毎日がワンダー 毎日がブレイクスルー

【まえだ・ゆういち】74歳。松本市中央(伊勢町)生まれ。中央大学商学部中退。92年CEO就任。

上高地自動車

松本市大字笹賀7918 ☎0263・25・5661

―「マルクスを3冊読め」から
 松本深志高校(1962年入学)の2年生の夏休みに出た課題が「マルクスの本を3冊読んで感想文を書け」でした。「共産党宣言」「賃労働と資本」―。マルクス主義の何たるかは半分も理解できませんでしたが、カルチャーショックを受けました。
 東京オリンピックの翌年、65年に中央大学へ進学しました。高度成長期の始まりで、大学は60年安保などを背景に学生運動が沸騰。世相が激動する中、まさに青雲の志を抱いて上京しました。
 大学では学生会館に住み込んだくらい学生運動にのめり込みました。2年で自治会の委員長に就任し、日本学生運動の中枢メンバーになりました。
 活動が罪に問われ、懲役刑にも服しました。出所後、どうやって生きていくか。結婚し、子どももできたのに、とても食べていけない。結局、79年に父の会社、上高地自動車に入社しました。
 それまで両親には大変な心配をかけました。一方で、学生運動の活動をみて、「リーダーとして能力はある」と認識してくれていたようで、「何か画期的なことをやってくれるかも」と父は期待してくれました。
―トップ営業マンに
 部品販売の営業からでしたが、前科という大きなハンディを背負っているので、いくら社長の息子といっても、実績を作らないと他の社員は納得してくれません。営業として覚悟を決め、高いモチベーションで断トツの№1実績を残しました。入社4年目に父が大病し、専務に就任しました。まず、社内の意識を変えようと、社員らと勉強会、合宿なども行いました。パソコンの表計算ソフトや、文章作成ソフトも無い時代。全部手計算、手書きで数字を集計分析し、経営戦略を立案しました。
 しかし、社員の理解はなかなか追いついてきません。学生時代と同じやり方では難しいことも学びました。92年に社長に就任し、2000年代にかけて社内のさまざまな考え方や仕組みを変えながら、約20年で年商4億円から20億円に伸ばすことができました。
―松本商工会議所と
 中古車を中国へ輸出する際、貨物に必要な原産地証明書の作成が商工会議所管轄でした。承認印を取得するため、何回も会議所に通いました。
 幸い、92~94年に中国輸出は大きな利益を生み、現在の社屋へ移転する原資になりました。
 倒産防止共済でもお世話になりました。大口の取引業者に夜逃げをされた過去があります。未回収の売掛金は、本来なら当社の債権となります。しかし夜逃げだと倒産証明が出ないため、債権を確定させる訴訟を起こせず、連鎖倒産に巻き込まれそうでした。
 弁護士の協力などもあり、商工会議所の倒産防止共済の適用を受け、なんとか乗り切ることができました。
―これからの自動車産業
 われわれは「ラストワンマイルサプライヤーチェーン」。顧客に自動車部品を届ける最後の業者として、日々商売し、おかげさまで、松本平では代表的な自動車部品商になれました。
一方、自動車産業全体をみると、今後10年くらいで大きな変革期を迎えると予想され、社としても、すでに大きな課題となっています。
 導入が進む電気自動車、燃料電池車、水素自動車などのさまざまな技術開発により、何が新時代のスタンダードになるか。 「化石燃料エンジンが無くなり、ブレーキは減らず、衝突もしない自動運転車」の時代が始まっています。業界内では「自動車部品ビジネスの7割が無くなる」ともささやかれています。
 そんな中でもタイヤ、アルミホイールなどの足回り関係は縮小されないと考えられています。
 また内装関係は、より高品質化が求められるでしょう。すでに住宅メーカーの参画が始まっています。車は従来の移動手段から、モビリティ(可動・移動性)産業になるともいわれ、走る住宅・走るオフィスになり、通信環境もより高度な内容が求められます。
 メーカー→ディーラー→顧客という従来の販売方式も大きな転換期で、今やネットで車が買える時代。部品の供給市場もネット経由が広がり、業者の生き残り競争も激化します。
 また、自動ブレーキなどの電子センサー装置の機能維持のため、より高度な車検制度も欠かせず、国はすでに新しい車検制度への取り組みを始めています。こんな中ですが、故障対応でも車検でも、部品は引き続き現場にリアルタイムで届けることが求められます。
―変化する業界に、どう向き合っていくか
 新しい車検制度である特定整備・電子制御装置整備・エーミング(センサー校正作業)の分野に力を入れたいです。最近の車には、衝突安全を確保するためにレーダー、カメラ、センサー等の電子制御装置が多数搭載されています。これらが正常に作動しなければ大事故にもつながりかねません。
 より安全な「クルマ社会」を実現するために、今、最も求められているのがこのエーミング事業です。当社は既にエーミングジャパンの会員として活動を始めており、AIO自動車情報機構のメンバーにもなりました。市内にエーミング基地を建設し、社会に貢献していきたいと考えています。
―今後の羅針盤
 団塊世代の渦の中、いろいろなものを見てきました。「世の中なんとかせにゃあかん」と思う気持ちは、一般の皆さんより強いとも思います。根源的に「飢え」や「渇き」は「薬」では治らない。人間は何万年も戦争を繰り返し、血を流してきました。この年になっても、国内海外の政治動向に、いろいろな意味で震えます。
 せめて上高地自動車の社員だけでも、「仕事をして良かった。世界を見る目が変わった。良い会社に入れてよかった」と思ってほしいです。
 上高地自動車の経営理念「毎日がワンダー、毎日がブレイクスルー」。社の存在理由を「5つの羅針盤」「5つのMISSION」「5つのDNA」にまとめ、実現に向け社全体で取り組んでいます。
 社会活動では、松本空港ロータリークラブに参加している関係もあり、福祉分野に深い関心を持っています。児童館的な施設「ロータリー子ども学校」を作りたい。大手企業は自前で持っていますが、当社が立地する大久保工業団地の企業がまとまって始められるような、新しいモデルを作ってみたいです。

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