[創商見聞] No.74大塚 泰裕 (NUMOROUS)

 「創商見聞 クロスロード」の第74弾は、松本市小屋南でスイーツ専門店「NUMOROUS」(ニューモラス)を営むオーナーパティシエの大塚泰裕さんに、松本に移住した経緯や、創業、商品開発の工夫について話を聞いた。

ユーモアは究極のおもてなし

【おおつか・やすひろ】40歳、埼玉県鴻巣市出身、武蔵野調理師専門学校卒。都内のホテルやパティスリーで修業。2016年8月松本市移住、17年3月開業。

NUMOROUS

松本市小屋南1-12-1 ☎0263-31-6228

―街の雰囲気に導かれ
 製菓の専門学校を卒業し、都内でパティシエとして働いていましたが、当時から創業志向を持っていました。
埼玉生まれですが都会暮らしが好きではなく、どうせ独立するなら農家さんと触れ合いながらやりたいと考え、北海道とか福島県など移住地を探しました。調べる中で「農家数が一番多い県は長野県」と知り、関心を深めました。
 県内で候補地として絞ったのが松本市、長野市、小諸市の3市。松本の街の雰囲気は子育てに良いなと考えていました。
 また松本市の移住推進課の担当者がとても熱心で、3市の比較データを用意し、松本市の良さを熱弁してくれました。2016年8月、松本市に移住しました。
―創業スクールでの出会い
 移住後、少し農家さんを手伝っていました。8月に移住した理由は、松本商工会議所が開いた「創業スクール」に合わせた面があります。
 だから、松本で最初の知り合いは創業スクールのメンバーです。イタリアンレストランや美容室のオーナー。今も良い友人で、食事に出かけたりして交流が続いています。
 創業スクールに通い始めた時は、正直ノープランでした。パティシエとしての技術に自信はありましたが、資金が豊富にあったわけでもない。今から思えば創業に向けての基礎すら分かっていなかったので、経営の勉強はとても役にたちました。
 何より、同じ志を持つ人たちと時間を共有できたことは、大きな財産になりました。
―店の強みを考える
 現在地に、17年3月開業しました。創業スクールで、市場ニーズに合わせて商品を提供していく「マーケットイン」と、企業方針から製品を開発し、市場に供給していく「プロダクトアウト」の方法論を学びました。価格競争をするより独自性の高い商品を開発し、提供する方がよいと判断しました。
 当時、「松本はBARの街」として注目度が高まり始めた時期でした。早速人気のお店に行き、緊張しながらウイスキーを飲んでみました。フードメニューがなく、尋ねると「ナッツ、チョコレート、チーズ、ドライフルーツがあります」―。
 「あれ、全部ケーキに入っている材料だ。お酒とケーキは絶対合う」
 もちろん、お酒を使った一般的なスイーツの知識はありました。でもその時、強く体験でき、深く再認識できたという感覚がありました。
 お店では「お酒の入ってないケーキはどれですか?」と頻繁に聞かれます。一般的にはお酒無しケーキの需要が大半です。
 だから逆に、「お酒好きの人にとっての1番のスイーツ店になれたら、地域で通用するかもしれない」と考えました。
 松本平の環境を改めて見ると、「BARの街」だし、酒蔵は多い、ワイナリーもある。当時はクラフトビールも立ち上がり始めていたので、大きな可能性を感じました。
 ―試行錯誤を重ね
 商品に独自性を出せるようになったのは2年目くらいです。松本商工会議所の補助金で「カクテルヴェリーヌ」に取り組みたいと相談したのも、このころです。
 ヴェリーヌは透明なガラスの器に入ったケーキの一種で、積み重ねた素材の断面が透けて見え、奇麗でかわいいです。カクテルの組み合わせをイメージし、ケーキで作ってみました。
 ライチのカクテルゼリーベースの「チャイナブルー」、トマトのムースなどにマティーニを加えたゼリーの「トマトマティーニ」、地元産ワインを使用したショコラのムースの「カーディナル」、「食べるカクテルケーキ」として提案し、季節限定商品や新商品をいろいろ開発してきました。


―手より口を動かせ
 売り上げは順調でした。コロナ禍になってテイクアウトがより伸びましたが、一方でスタッフの成長が追いつかず、苦労しました。
 業界的に1年で70%のパティシエが離職するともいわれています。私たちの店も同様で、戦力のスタッフが急に辞め、また新人を一からトレーニングするケースがしばしばあります。 
 給料も高めに設定、完全週休2日にしても辞める人は減らないので、労働環境の問題ではないと考えています。
 一昔前のような、きつい語調が職場で通用する時代ではなく、言葉遣いにはとても気を使わないといけない時代。こちらは単なる指示で、「ここはこうだよ。ここができていないよ」って言ったつもりでも、相手は「責められている、怒られてる」と捉え、否定された感じに受け取る傾向があります。
 指導するには、信頼関係を築いてからでないとできません。だから、必要以上に、お互いの信頼関係をつくることを大事にしています。
 仕事の進め方として、厨房には紙に大きく「手より口を動かせ」と書いて張ってあります。手ばっかり動かさないで、もっとしゃべろうって話しています。
 無駄口のない厨房は、確かに仕事はしているけれどベストコンディションではないと思います。緊張とおしゃべりのいいあんばいは難しいのですが、強い緊張感がある厨房より、少しにぎやかな方が全体的に効率は向上するという実感があります。
―お客さまとの信頼関係
 「丁寧なものづくりから産まれる信頼と〝おもしろい価値〟の提供」を経営理念にしています。店名の「ニューモラス」は「ユーモア」が語源です。
 ユーモアって人間の感情の中で、一番高度な部分ではないかと考えています。空気が読めて、斜めから物事を捉える知恵も必要。ジョークは傷つくけれど、ユーモアは誰も傷つかない表現。
 すなわちユーモアは「究極のおもてなしの精神」と考え、ユーモアのある商品を提案できたら、お客さまにも楽しんでいただけると考えています。
 創業スクールで学んだのですが、世間一般にある名前では、市場に埋もれてします。だから店名は「NEW(新しい)」と「HUMOR(ユーモア)」を組み合わせた造語の「NUMOROUS(ニューモラス)」にしました。おかげさまでネット検索では当社だけです。
 面白い価値って難しい。ただの奇抜にしてはいけない。得体の知れない人が作ったケーキはおいしいと思わないけど、「ニューモラスが作ってるならおいしい」。こんな信頼関係をお客さまと構築できることが目標です。日々、丁寧な技術と知識の習得を目指し、おいしいものに向き合っていきたいです。
 ゆくゆくは移転して、自分たちの世界観を表現した新店舗を構えたいと考えています。