朝焼けに染まる幽玄神秘な前穂高岳東壁(北アルプス・奥上高地)

前穂高岳(3090メートル、左上ピーク)の直下が東壁。朝日を浴びて神々しく光彩を際立たせる=ニコンD5、ニコンEDAF-Sニッコール28~70ミリ、11月14日午前6時24分

鮮烈な光彩際立つ「朝焼け劇場」

上高地の河童橋のたもとで11月15日、「閉山祭」が行われ、穂高連峰は厳しい冬の季節を迎えた。
今シーズンの撮影は4月中旬、涸沢ヒュッテの小屋開け作業から始まり、7月下旬、奥穂高岳(3190メートル)で行われた穗髙神社の「嶺宮(みねみや)」登拝。10月上旬、紅葉と新雪が共演する涸沢の秋…。最後のこだわりは、朝日に輝く前穂高岳(3090メートル)東壁の雄姿だ。
14日午前5時35分。正面に前穂高岳東壁を仰ぐ徳沢─横尾間の梓川河畔に立った。星空が広がり気温は氷点下6度。5時45分、頭上は晴れていても前穂高岳が雲に覆われ見えない。嶺宮にひたすら祈り続けた。松本市の日の出時刻は6時24分。5分前に奇跡が起こった。急に雲が消え紺碧(こんぺき)の空に新雪に覆われた前穂高岳東壁が出現。鮮烈な光彩の「朝焼け劇場」が開演した。
眼前に井上靖の小説「氷壁」の舞台が浮かび上がる。1955(昭和30)年1月。厳冬期の登攀(とうはん)に挑んだのは、三重県「岩稜会」の3人だ。岩角にかけたナイロンザイルが切断、1人が墜死。遭難救助要請で松本市高宮北の小林銀一さん(93、涸沢ヒュッテ相談役)は、東壁直下の奥又白谷へ急行。氷点下25度の中、凍傷で動けない登攀メンバーの沢田栄介さんを無事救助している。
小説をオーバーラップさせながら仰ぐ凄絶(せいぜつ)な東壁。赤々と燃え、これまで見たこともない幽玄神秘な光彩を際立たせた。

(丸山祥司)