【ビジネスの明日】#57 戸部商店代表・戸部久さん

10年で築いた信頼 社会貢献にも

「お客さんが自分たちが来るのを待っていてくれる。こんな商売は他にあまりないのでは」。こうしみじみ語るのは生鮮食品を中心とした移動販売を手がける「戸部商店」(松本市宮渕1)の戸部久代表(55)だ。創業から10年がたち、こつこつと築いたお客との信頼関係が、ビジネスだけでなく、社会貢献にもつながっている。
平日の午前中、これから営業に出かける男性従業員を見送る戸部さん。「彼もこの仕事に相当、やりがいを感じているはず。普段の態度からそれが分かります」。少し自慢げに話す。
同社は現在、軽トラックの冷蔵車4台で中信地区を中心に営業。年末年始以外は年中無休。営業先は個人宅で、どこの家に行くかは曜日と時間で事前に決まっている。
固定客は約千人。その約8割が高齢者といい、「100歳のおばあちゃんが、庭先で待っていてくれる。行かなきゃ逆に怒られちゃいますよ」と笑う。
販売品目は肉、魚、野菜の生鮮食品をはじめ、生活雑貨なども含め約100品目。「創業当時から、いずれは大手の競合他社が出てくると思い、価格競争はしたくなかった」とし、「食品の多くは専門店から直接仕入れており、品質には自信がある」と胸を張る。
お客も品物の良さは承知で、今ではあまり値段を見ずに購入する人がほとんどという。

大学卒業後、サラリーマンに。県内の会社で営業を担当する中で、農家と接点ができた。そこで聞いたのが「いいものを作っても売れない」だった。
その言葉に触発され、「だったら自分がやる」と奮起。契約農家から新鮮野菜を仕入れ、直接消費者に届ける。それを実現させる手法が移動販売だった。
創業当初、飛び込み営業をすれば「押し売り」と思われ、販売車が近くに来たことを知らせる「音」も「迷惑にならないように」と、クラシック音楽にするなど気遣った。
こうした苦労が報われ、徐々に認知度がアップし、お客との信頼関係も醸成。日常的に高齢者と対面するため、自然と「見守り」の役目を担うように。民生委員から「ここに来てほしい」と依頼されるなど社会的信頼度もアップした。
「最初は考えなかった『買い物弱者』という社会課題と向き合うことになり、その改善に役立っていればうれしい」とし、「もう一度、農業との関わりを見詰め直したい」と初心を忘れない。

【プロフィル】
とべ・ひさし 1968年、松本市出身。東海大三(現東海大諏訪)高校から東海大に進学。都内の印刷会社に勤務後、県内に戻り、印刷会社に約18年勤務。2013年5月、戸部商店を創業し、代表就任。20年、食品ロスを減らすため、松本市公設地方卸売市場内に総菜の製造・販売店を開店。