
松本市宮田の左官職人、笠尾剛(たけし)さん(41)は昨年春、こてと壁材で描く絵画を独自に編み出した。「“こて”Paint Art(ペイントアート)」と名付け、精力的に制作している。
笠尾さんにとっての絵の具は、アクリル製樹脂を主原料とする塗り壁材。パレットは段ボール。絵を描き出すのは左官用のこて。細かい所を表現する時も、全てこてを使う。「それが、画家ではなく左官であることの矜持(きょうじ)」という。
描き始めてから1年数カ月。作品数は50点を超え、現在は初の個展を安曇野市のカフェ&ギャラリー安曇野縁縁(えんえん)(穂高有明)で開いている。
会場には自分で釣った魚や昆虫、動物、恐竜、食べ物など、多彩なジャンルを対象にした作品42点が並ぶ。
職人に憧れて左官技術学ぶ
笠尾剛さんは「横浜生まれ、白馬育ち」を自称する。小学校1年生の時に、家族がペンションを開業したため移住した。
成人し他の仕事に就いたが7年前、職人の世界に憧れ、エクステリア(外構や外壁など住宅の外側)に力を入れる会社「アイシンク」(松本市南原1)の門をたたいた。左官の技術を学び、現在は同社唯一の左官職として勤務している。
アートを生み出すきっかけは昨春。会社が敷地内に展示場を開いた際、壁の一部を左官技術を用いたデザインで仕上げることになった。
笠尾さんは13人いる社員の要望を参考にして描いた。中でも特殊な要望は、1枚の写真を持参し、「ここに写っている山を描いて」というものだった。写真を見て描くことは初めて。挑戦してみて「これができるなら、絵画作品もできるのでは」と考えた。
左官職人がこてで漆喰(しっくい)の壁などにレリーフを施す例は昔からあり、江戸時代後半から増えた。だが、笠尾さんの「“こて”PaintArt」はそれとは違う。
ベニヤ板を好きな大きさに切ってキャンバス代わりにし、下描きをした後、何色もの塗り壁材で、独立した絵を描く。
釣った魚など身近な題材で
展覧会場に並べた絵の一つ「タイワンガザミ」は、自分で釣ったカニの一種と言う。「3年ほど前、趣味の釣りで富山へ出かけた。キスを狙っていたのに、これがかかった」と笑う。自分で釣った魚を描いた作品は他に、「カサゴ」「キジハタ」など。「どれも実家でおいしくいただいた」
左官業の現場で壁にいたカマキリの姿を見て描いた作品は、本人のお気に入り。友人の飼い猫が歯科検診で口を開けたところを描いた「ポン」、目力(めぢから)のある猫の絵「木影」などもある。どちらも猫の名前を画題にした。
自分が好きな物を組み合わせて描いたのは「ビールと焼き鳥」。「ピザ」「寿司(すし)」などの絵もある。
絵を生み出す場は、職場の展示場の一部に構えたアトリエ。左官としての外仕事がない時、数種類のこてを動かして絵を描く。
「もちろん仕事時間中なので、作品の所有権は会社にある」と笑うのは、社長の赤羽勝巳さん(60)。現実的な話をする半面、笠尾さんを「よく頑張っている」と評価する。「元々余った塗り壁材や板、段ボールなどを有効利用しようと申し出てくれた話で、大切なことだと思う」
展覧会場には、久しぶりに顔を合わせた友人や白馬村の家族、交流がある画家や写真家らも訪れた。「人とのつながりが深まりうれしい」と初の試みに満足している。
同展は7月15日まで(11日は休み)の午前9時~午後5時(最終日は4時)。縁縁TEL090・1545・1787。笠尾さんのインスタグラム。