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[創商見聞] No.30 前田 大作 (アトリエm4代表・木工家)

信州カラマツの家具の魅力を発信

―100年続く江戸指物の家業を受け継いだ
 子どもの頃から父に付いてお客さんのところに行くと「4代目が生まれたね」と言われるわけです。それがうれしくて、「僕もいつかやるんだ」と思っていました。
 3代目の父、前田純一は、僕が小学校3年のとき鎌倉市から美ケ原の麓に拠点を移しました。いろいろ探し回っていましたが、原野を切り開いて工房を建てるという夢が実現できる場所だと感じたんだと思います。
 うちは徒弟制度で弟子を育てるというやり方をずっとしてきていたので、僕もほかの弟子と一緒に、昔ながらの内弟子として父に仕事を習いました。
―木工品制作に携わる中、着目したのが地元産のカラマツ
 仕事をしている中で、地域のお年寄りに「カラマツを使ってみないのか」と言われたのがきっかけです。彼らが植林した木があちこちにあったんですね。自分としても「そういう木があるならやってみたい」と始めたのが、13、14年ぐらい前のことです。
 しかし、指物に携わっている者にとっては、樹齢50、60年というカラマツは木工製品に使う木ではないというのが大前提でしたから、新たなチャレンジでした。
―そんな中、2007年に株式会社を設立した
 30歳ぐらいのときです。一番はカラマツを使いたいという思いでの創業でした。また、昔ながらの徒弟制度についても、自分の経験から難しさを感じていました。木工を未来へつないでいくためには株式会社をつくり、職人を雇用しないと、作家性だけで賄う産業ではないと思い、法人を立ち上げました。
 父からの「やってみたら」という後押しも大きかったです。「木がそばにあるじゃないか」と。確かに、東京や鎌倉で制作してきた父と違い、僕は小学生のときからカラマツ林を走り回って育った。そういう環境でなければ分からないものがあるだろうと、父は自分がやらなかったことを僕に託したのかなと思います。
―そこから商工会議所とのつながりができた
 法人化した当初は、結構しんどかったですね。家具用のカラマツ材がほしいといって材木屋さんに行っても「そんなのないよ」と。とにかくカラマツに関係している人とつながることが必要だと必死でした。
 ありがたかったのは、商工会議所の野畑さんが木育、観光と木工のジョイントなどいろいろなジャンルの方を紹介してくれたこと。木工家からすると思いもしないような視点でアドバイスがもらえたのは大きかったです。
 カラマツの柾目(まさめ)材を探し回って、ようやく手に入れ、最初に作ったのは箸です。きれいで、性能もよかった。カラマツは濃い赤っぽい色をした木ですが、家具用材としても見た目がきれいだというのは大きなポテンシャル。違和感なく日本人の生活に溶け込むと思いました。今は、家具用材にはこの山のこのカラマツということも分かり、いいものが安定的にストックできるようになりました。
―新たな動きもある
 2015年に地域材をどのように生かすかという勉強会があり、林業、製材業、工務店、設計士などカラマツに関係する人たちが参加。その人たちと任意団体の「SOMAMICHI(ソマミチ)」を立ち上げました。昨年12 月には一般社団法人にし、首都圏から家を建てる人に山に生えている木を見てもらうツアーを組んだり、イベントを行っています。
 先日、カラマツを植えた方から「よく頑張ってくれた」と声を掛けられました。うれしかったですね。松本は昔から家具の産地であり、地域の誇りです。これからも、その誇りを持ち続けていく地域になるために、僕もやっていきたいと思います。
 来年5月オープンに向けて松本市内に新しいスタジオをつくる準備を始めています。そこで、しっかり家具を見てもらい、その魅力を体感してもらう拠点にしていきたいと考えています。

【まえだ・だいさく】 1975年、神奈川県鎌倉市出身。江戸指物師の父・前田純一氏が工房を松本市入山辺に移したことに伴い、小学校3年で松本へ転居。大学で工業デザインを学び、空間デザイナーとして勤務後、24歳で父に弟子入り。前田木藝工房4代目。新しい木工品制作のあり方を求めて、2007年にアトリエm4株式会社を設立。同社代表取締役。