[創商見聞] No.62大深 靖之 (BELKA)

「創商見聞 クロスロード」の第62弾は、松本市内田で無垢材を使ってオーダー家具のデザイン・設計から製作まで一貫して手掛ける家具工房「BELKA」の代表大深靖之さんに話を聞いた。

経年変化楽しむ家具を

【おおふか・のぶゆき】 42歳、岡山市生まれ、茨城大学人文学部卒業。県上松技術専門校木工科で木工の基礎を学び、現場経験後、2007年にBELKAを創業。

BELKA

松本市大字内田2034−13
INSTAGRAM   ☎0263・54・6573

―岡山の水族館から
 大学卒業後、縁あって出身地岡山県の水族館でアルバイトをし、社員になる予定で働いていました。
 水族館の業務は飼育だけではなく、展示パネルの制作から施設補修などの大工仕事も多く、やっているうちに、子どものころの楽しかった思い出がよみがえってきました。
 曾祖父が岐阜県で指物師をし、祖父や叔父が南木曽町の妻籠地区で大工をしていました。 母親の実家に帰省するたびに入り浸った工場。多くの機械に囲まれた工場の雰囲気や、木材のにおい、職人さんたちの空気感―。
 水族館の仕事と小さいころ憧れていた世界が重なりました。北欧家具が学生時代から好きだったこともあり、「家具の道」へと人生を選び直した感じです。
―独立と移転
 上松町の技術専門校で学び、卒業後は建設会社で建具を作る現場などを経験していましたが、訓練校の時から「将来は独立」という意識は持っていました。
 地道に貯金して、そんなに高額ではありませんが自己資金で機械などを購入でき、独立しました。
 最初は妻籠の叔父たちの工場跡地を利用させてもらっていたのですが、2009年に心機一転、今の松本市内田の工房へ移転しました。
 松本平が見渡せる場所が良いと考え、東山山麓の県道を塩尻市片丘地区から松本市内田、中山地区まで縦断しながら、物件を探して歩きました。
―スマホ受注8割
 移転当初は、当然ながら知名度はありません。約10年前、今ほど「ネットの時代」が確立していない中でしたが、ホームページを作りました。
 個人工房では早かったと思います。当時はまだ、本当に無垢家具が好きな人が調べて、ようやく見つけ出してくれて、そこから商談の一歩目がスタートする感じでした。
 事業の継続自体が難しい時期もありましたが、高山家具製作所(松本市神林)さんから都内の百貨店を紹介してもらい、展示会に参加したことがきっかけで、販路が広がり、売り上げは伸びました。
 一方で、仕事が増えると自分一人ではやりきれなくなり、体力的に厳しくなったこともありました。
 売り上げは展示会中心でしたが、世の中が徐々にネット時代に移行し、百貨店販売は先細りになっていきました。
 現在は、ネットというかスマホからの注文が8割です。そのなかでもSNSのインスタグラム経由が3割を占め、とても比率は高いです。
 インスタグラムでの反応は、特に写真の出来、不出来に左右されます。カメラは独学ですが、随分勉強しました。
―イメージとシンクロ
 当たり前ですが、発注者との打ち合わせを密に行うことを心掛けています。案件ごと程度の差はありますが、しっかり打ち合わせをしてもクライアントのイメージと僕のイメージは違います。
 図面を何枚も書き直して製作した商品でもご満足いただけなかったこともあります。
 お互いのイメージをできるだけシンクロ(同期)できるよう、丁寧に擦り合わせていくことを大切にしています。
 本当にクライアントが何を求めているかを把握し、オーダーに応える中で、自分の技術を最大限に提供することを、心掛けています。
 オーダーを受けてから納品までには、基本的に4カ月かかります。「待ちきれない」と、注文を逃したこともあります。
 以前からですが、経営課題は人員を増やすか増やさないか。実際の家具製作には一定以上の技術が必要ですから、容易に任せられない仕事も多く、簡単に雇用もできない世界です。


―素材の良さと難しさ
 材料として無垢材にこだわるのは、経年変化で深みを増していく家具の姿を楽しんでほしいと思うからです。無垢材の家具は、使えば使うほど色合いの深みを増し、使って付いた傷も直せる。たんすから学習机に再生したこともある。手間をかけ、育てていく家具とも言えます。
 無垢材は呼吸します。絶えず空気中の水分の影響を受け、伸縮したり、割れたり、反ったりする。家具に仕立てるには、そうさせないための技術、要は「腕」が必要です。
 天然材ですから、いつも同じ状態の品が手に入るとは限りません。県産材は急斜面で育った木が多く、小径木で、加工しにくい芯からの厚みが少ない木が多いので、材料にするのに苦労します。
 丸太で仕入れたものの、断裁すると中が傷んでいることもある。最近は人工乾燥機のおかげで、仕入れから半年くらいで材料として使えるのですが、1年前に仕入れた材が駄目になることもあり、リスクは大きく、取り扱いは難しい。 
―でも、だからこそ
 長野の気候風土の中で育った木を使って、長野の職人たちが作った家具を、長野に住む人たちが使うことが、「とても尊い」ということをもっと多くの人に感じてほしいと思っています。 
 現在、工房の一部を簡易的なギャラリーにしています。
 さらにここを、ネットからクライアントとの具体的な商談に進むための「導線」となるようなギャラリーにしていきたいので、塩尻商工会議所と小規模事業者補助金を利用した計画をしています。年内には本格的に稼働させたいです。
 この仕事はクリエーティブでやりがいはありますが、経営的には本当に厳しい。もうけられる仕事ではないと、今でも思います。
 社名の「BELKA」=ベルカ=は、旧ソ連の宇宙犬から取りました。宇宙船に乗って地球外へ行ったいわゆる実験犬の1匹で、ベルカは地球軌道を周回飛行し、無事生還した犬です。「この仕事で生き残りたい」という思いがあります。