[創商見聞] No.72 小田 美恵(健菜樂食Zen)

 「創商見聞 クロスロード」の第72弾は、大町市平で健康食材として注目される小麦の全粒粉(粒を丸ごとひいた粉)を使ったレストラン「山麓ファームダイニング 健菜樂食Zen」を営む、小田純司さん・美恵さん夫妻の元を訪れ、美恵さんから話を聞いた。

「食」と「農」をつなげたい

【おだ・ みえ】49歳、千葉県習志野市出身 明海大学外国語学部出身
【おだ・ じゅんじ】48歳、同市出身、駒澤大学経営学部出身
2016年に大町市へ移住。17年4月「健菜樂食Zen」を開業。

健菜樂食Zen

大町市平6180 ☎090-1706-5391

―イメージを上回る信州
 カフェレストランを千葉県習志野市で2016年4月まで約7年間営んでいました。11年の東日本大震災で被災。1週間以上断水するような生活を経験しました。
 ゲリラ豪雨の影響を受けやすい地域でもあり、店舗が2度ほど冠水しそうになったこともありました。
 とても厳しい経験から「もっと安心なところに住みたい」と強く思うようになり、新天地を探し始めました。
 最初は千葉県内で探しましたが、15年夏、家族で訪れた安曇野旅行で信州にひかれました。
 コンクリートで固められた灰色の景色が多い千葉とは対照的な空の色。水道水なのに冷たくておいしい水。ネットを通して抱いていたイメージをはるかに上回る好印象。信州の風景や文化に一目ぼれでした。思い切って、長野への移住計画を家族で進めていきました。
 その後、東京の長野県アンテナショップ、銀座NAGANOで移住セミナーを受講したり、安曇野市を中心に物件探しを続けました。
 最初に大町のこの場所を見つけたのは夫と長女です。2人でこの地域を巡っていた際、母屋と別棟があり、周囲に水田や畑が広がるこの物件に出合い、「とても魅力的だった」と私に伝え、1歳になったばかりの次女も一緒に再度4人で訪れました。私も現地を見ただけで気に入り、教育環境や近所付き合い、雪の心配など、何も下調べをしないまま決めたことを覚えています。
 家の所有者はたまたま千葉県在住の方でした。家族そろってお目にかかり、売ってもらったら水田ではなく畑にして店を出したい、という希望を伝え、売ってもらえました。
―ハードル高い農作業
 自宅と畑は合わせて50㌃、約1500坪あります。購入した時に「関東なら家が70軒くらい建つかも」なんて気楽なことを考えていましたが、実際自分たちで耕作を始めると、農作業はとんでもなく大変でした。
 本当に鍬も鎌も持ったことがない。農業塾に行ったこともない初心者でした。そんな状況で無農薬の小麦、野菜、果樹などを育てようとしました。特に、水田から変えた畑は草刈りの手間が半端じゃなかった。1年目は水を抜いて耕したばかりの状態だったので雑草は大した量ではなかったのですが、2年3年とたつにつれ、雑草は倍々に。逆に肥料成分は衰え、収穫量は減っていきました。
 近所の皆さんに教わりながら、なんとかここまでやってきました。農業のハードルの高さはスタート時から痛感しています。
―コロナ禍の明暗
 店は住宅を改修し、17年に開業しました。千葉時代から扱っていた全粒粉をメインに、自家栽培や大町産の食材を中心にしたメニューを心がけています。ただでさえ農業が大変なのにお店も同時進行。今も365日暇なしです。
 近所の皆さんに利用していただくところからスタートし、新聞などでも紹介してもらって、少し知名度が上がったころ、大町商工会議所から声をかけてもらい、マルシェイベントなどに出店したり、チラシを配ったりして、徐々に予約数も上がっていきました。
 開店して3年、農業は四苦八苦でしたが、お店をアップグレードしていこうと考えていた時にコロナ禍です。お客さまは激減し、予約ゼロの日が何日も続きました。コロナは大震災よりも経営に大きなダメージでした。
 一方で農業にがっつり向き合う時間はできました。土作りから種まき、草刈り、収穫まで、全て自分たちで取り組めました。大変な雑草も刈った後、堆肥化して有用な資源にする取り組みを始めています。
 この2年で自然への理解が深まった実感もあります。「自然農法」というジャンルの中で、まだまだ模索する日々ですが、自分たちのやり方、働き方を見つけていきたいです。
 最近は、お店もだいぶ予約を受けられるようになりました。全3部屋ありますが、現在はコロナ対応で人数を制限しています。もう1部屋追加したいのですが、屋内は難しいので、商工会議所の支援で小規模事業者持続化補助金を申請し、屋外で飲食できるウッドデッキブースを製作する予定です。
―商工会議所女性会に参加
 大町商工会議所に声をかけていただき、19年から女性会に参加しています。現在のメンバーは企業経営者ら17人。最近は、福祉団体を通じて、使わない食品を必要な人に届けるフードドライブなどを行っています。いろいろな経験を積み、さまざまな困難を乗り越えてきた先輩女性経営者たちのお話はとても勉強になります。
 実は千葉時代も女性会に入会していましたが、活動には消極的でした。でも大町では、女性会から行政関係などにも活動範囲が広がってきました。
 大町市からは夫が「定住促進アドバイザー」を委嘱されています。移住に向けて現地を視察する皆さんも多いので、農業、飲食店、子育てなど、実体験を交えて話をしています。
 また、関東圏で流れる長野県の移住促進テレビCMに阿部知事と一緒に出演させてもらいました。
―「食=農の危機」を感じて
 「何とかなる」という気持ちで、知り合いが誰もいない大町を選び、コロナ禍に直面しながらもここまでやってきました。
 大町で農業を始めた時、周りを見ると畑にいるのはみんな70代、80代。「10年たったら農業をやる人は誰もいなくなるかも」
 「食=農の危機」を強く感じています。農業経験は浅い私たちではありますが、飲食業+農業を知る強みを生かし、『食と農』をつなげていけたらと考えています。
―「Zen」に込めた思い
 「自分の店を頑張る」以上に「大町を盛り上げる」ことを頑張りたいです。魅力的な大町があるから、自分の店にもお客さまが来てくれると思います。
 店名は全粒粉専門店から「Zen」にしましたが、日本語ではなく英語表記にしました。「Zen」という言葉の響きからは、「全」身全霊や「全」力投球、お「膳」や座「禅」、「善」は急げ―など、さまざまなイメージが広がります。皆さんもいろいろ想像しながら、大町とお店を楽しんでほしいです。