感性で新たな風 漆器のある日常を―蒔絵師・手塚希望さん

塩尻市木曽平沢の漆器店「ちきりや 手塚万右衛門(まんうえもん)商店」で蒔絵(まきえ)筆を手に器に絵付けをする手塚希望(のぞみ)さん(32)。パステル調の色合いと動物などのかわいいモチーフは、高級感が漂う漆器をぐっと身近に感じさせる。
家業の漆器店で蒔絵師を志して10年になる。手がけた漆器は、県伝統工芸品展第2回新作展(1月、県伝統工芸品産業振興協議会など主催)で、2年連続の大賞を受けた。
「ぱっと見てかわいいと思ってもらい、漆器に触れるきっかけになればうれしい」と手塚さん。漆器が日々の食卓に並ぶ実家暮らしから東京での大学生活を経て、伝統工芸品の価値を再認識。卒業後、家業を選んだ。
豊かな発想力と感性で蒔絵師として歩む手塚さんを訪ねた。

原点見つめ時代に合う器を

カップの縁に描かれた、あおむけで遊ぶパンダ、振り向いて笑顔を見せるパンダ…。飲み物を注ぐとパンダが浮いているように見えるこの器は、「ぷかぷカップ」という。本年度の県伝統工芸品展新作展で大賞を受けた。ペンギンやウサギ、白鳥の器もある。
同展は、現代のライフスタイルに合う伝統工芸品の提案を|と開催。本年度は和紙や竹細工、家具など28点の出品があった。大賞には、最高賞に当たる県知事賞を受けたヤマイチ小椋ロクロ工芸所(南木曽町)代表の小椋一男さんや、手塚希望さんら3人の作品が選ばれた。
「器の内側にフリーハンドで描くのが難しかった。評価してもらうのは張り合い」と手塚さん。大人になって始めた蒔絵(まきえ)には、小学生の時から習っている書道の筆遣いが役立っているという。
店は寛政年間(1789~1801年)創業。手塚さんは7代目の父・英明さん(67)の次女として生まれた。食卓には漆器が並び、英明さんが子どもが使いやすいように開発した、小さな漆器も愛用してきた。
松本深志高校を卒業後、武蔵大(東京都)社会学部に進んだ。就職先として実家に戻り漆器を制作してみると、その面白さに引き込まれた。夜は木曽高等漆芸学院(塩尻市木曽平沢)に通い、伝統工芸士の指導を受けながら主に蒔絵を学んだ。
蒔絵は漆で絵や模様を描き、その上に金粉や銀粉、顔料などをまいて仕上げる技法。繊細で高度な技術が求められる。指導する深井公(ひろし)さん(72、木曽平沢)は「すごく一生懸命で実力も付いてきた。目の付け所が若い感覚で新鮮。他の人がやらないようなオリジナル性を打ち出してほしい」と期待を寄せる。
ここ数年は、木曽漆器工業協同組合が取り組む文化財補修事業にも参加。名古屋城本丸御殿の修復では、ふすまの枠に唐草模様を描いたり、天井の格子に徳川家の家紋を付けたり。常圓寺(伊那市)納骨堂の扉絵を描く仕事にも携わった。
本年度は書道の恩師の依頼で、信州大教育学部(長野市)の学生と共に、書道と蒔絵のコラボレーション作品を制作。漆塗りの板に蒔絵と書を表現するなど、斬新な作品にも取り組んだ。蒔絵にはさまざまな広がりがあると実感したという。
産地の高齢化が進み、家業を手伝う同級生もいない。地元の若手で女性の蒔絵師は手塚さんのみだ。「大勢の先輩がいるので、教えてもらったことは全て吸収したい。女性の感性も生かせたら」と、気負いはない。
小さい頃から漆器が身近だった自身の経験から、店で豆皿に絵を描くワークショップなども始めた(予約制TEL0264・34・2002)。子どもから外国人観光客まで、幅広い参加者がいるという。
「木目や漆は天然素材なので、同じ漆でもつやや色味が季節によって違い、思った通りにならないこともある。感覚がつかめるまで何度もやるのが難しく、やりがいでもある」と手塚さん。漆器の原点を見つめながら、時代に合う器を蒔絵師として提案していく。