[創商見聞] No.22 酒井 弘明 (アガタベーカリー 代表取締役)

お客様とスタッフの両方を幸せに

―創業時を振り返って
大学時代にパン屋でアルバイトをした経験からパン職人を目指しました。東京や山梨で修業しましたが、やればやるほど奥深さにはまり、小麦の栽培、石窯、石臼に関してなどパンのすべてを知りたくて勉強を重ねました。
旅行で何度も訪問していた松本に移住しましたが、創業地として自分のイメージとぴったりでした。空気もきれいで食材も豊富。当時、県が県内産小麦「ゆめかおり」の利用促進に力を入れていたことも、地元産小麦を使ってパン作りをしたいという自分の理想にも当てはまりました。
 31歳で最初の店をオープンしましたが、一番苦労したのは資金面ですね。パン屋は初期投資がかかるので、どんなに小さな店でも一千万円は必要です。自己資金と銀行からの融資でこぎつけましたが、当時は「なんとしてもやるぞ」という強い気持ちがありました。全部そろうのを待っているよりも、やろうと思ったときに創業した方が成功すると思います。
―商工会議所の支援は
今年の1月に小規模事業者持続化補助金の申請でお世話になりました。商工会議所にアドバイスしてもらいアピールポイントを絞ったら、無事申請が通りました。締め切りまで時間がない中でも何度も書類の添削をしてくれて、とてもありがたかったです。
また先月には商工会議所の手配で千葉県の大規模なフードフェアに見学に行かせてもらいました。スタッフも連れて行き、皆で試食をしたりパッケージなどの商材を選んだり、次の仕事に生かせる情報を仕入れてくることができました。
創業時には創業塾にも通いましたし、新入社員が入れば研修セミナーに参加させたり、よく利用させていただいています。経験豊富な指導員の方がたくさんいて、相談すると何でも答えてくれるので心強いです。
―昨年から専門学校の講師に
知り合いから声をかけられ、2週間に一度専門学校で製パン技術を教えています。それまで何げなく作っていたバターロールも、教えるには一つ一つの工程を掘り下げてやらないと生徒に伝わりません。人に何か教えるには、相手の2倍も3倍も知識がないと教えられないとわかりました。
最初こそ苦労しましたが、尊敬する講師の先生方や真剣に取り組む生徒たちに囲まれ、自分にとっても勉強になっています。講師をしたことでうちで働きたいと言ってくれ、この4月に入社した生徒もいます。これからの活躍に期待したいですね。
―5月には神田に2店舗目をオープン
2店舗目を作ったのは、次の世代を育成したいとの思いからです。パン業界は人気はありますが、条件が合わずに辞めていく若者が少なくありません。自分の修業時代は朝から晩まで働くのが当たり前だと思っていましたが、法人化した今、経営者としてそうした労働環境が時代と合っているのか考えていかなければなりません。
実はこの思いに至ったのは、自分自身の苦い経験があるからです。以前店舗と並行して東京の催事にパンを出す仕事をしていましたが、スタッフが疲弊していき次々と辞めていきました。自分の理念は「まいにちを幸せにするパン屋さん」だったのに、正反対のことをしていることに気付き、まずスタッフが幸せでなければお客様を幸せにはできないと思いました。
現在当社では製造・販売の仕組みを整えたことにより、一日8時間労働、月7日以上の休日を確保できています。余力があればパンの勉強もできるし、ゆくゆくは独立したり、2店舗目のオーナーになったり、若者の夢も広がると思います。「まいにちを幸せにするパン屋さん」が1軒でも街に増え、お客様を笑顔にできるように、今後も取り組んでいきたいと思います。

【さかい・ひろあき】 株式会社アガタベーカリー代表取締役。埼玉県所沢市出身。44歳。大学卒業後、東京、神奈川、山梨のパン店で修業を積み、2005年に最初の店舗「元町パン」を創業。2010年に県に移転し店名を「アガタベーカリー」に変更。全国でも珍しい石臼による自家製粉の粉を使用している。現在県内の有名コーヒー店との共同企画も進行中。