像を横から見るとある動物に…
木曽町の国道361号沿いの畑の中に、映画や小説でもおなじみの、平安時代に実在した陰陽師(おんみょうじ)安倍晴明のものと伝えられる墓2基と石像がある。
なぜ、清明の墓が京都から遠く離れた木曽の山中に? 2基はともに江戸前期の1672年の建立とされ、地主の清水正冨さん(73)ら近隣の4軒が代々管理している。町教育委員会文化財調査員の千村稔さん(72)は「証拠がなく、真偽は不明」。
ついに最大の謎は解明できなかった…。
石像は1989(平成元)年、町民2人が建てた。魔除(よ)けの印・五芒星(ごぼうせい)が描かれた台座を含めて高さ3メートル弱。清明が「鳥のさえずりを人語として理解した」という伝説を基に、右手を耳に当てた特徴的なポーズを取る。
そして、驚くべき仕掛けが。像を向かって左横から見ると、ある動物の姿に見える。清明が陰陽師の父と、その動物との間に生まれた子といわれたことにちなんだらしい。
一帯の地名は「清博士(せいはかせ)」。住民らは家内安全や子孫繁栄を祈り、墓に柳や研いだ米を供える風習がある。参拝者も全国から訪れるという。
年月を経て令和の時代になっても晴明の力にすがり、引かれる人が多いのは確かなようだ。
※1、3、7段落目の最初の文字をつなげると…。