【ビジネスの明日】#33 サイントモミ社長 上原聖二さん

経験生かし看板で人や街に貢献

「看板は目に入りやすい場所にある。自分らの仕事ぶりがよく分かり、やりがいになります」。こう語るのは看板広告製作業・サイントモミ(松本市筑摩4)の上原聖二社長(37)だ。祖父が創業して今年で73年。3代目は「人や街に貢献する」の言葉に力を込める。
松本平を中心に、起業・開業した店舗の看板のほか、主要道路沿いに立つ「野立て看板」、ビルの屋上の大型看板などのデザイン、製作、設置を一手に引き受ける。
「看板は街の景観を左右する。松本の景観は『品がいい』といわれるが、その一助になっていたらうれしい」と頬を緩める。
仕事を引き受ける際に心掛けているのが「提案力」。新たな飲食店がオープンした場合、その店がどういう商品を提供するかをお客が想像するのは看板など店の外観が頼り。
そしてお客が店に入るか、入らないかを決めるにも大きな影響がある。「看板がその店の命運を握っているくらいの気持ちでいる。だからこれまでの知識や経験を生かした提案をしている」と強調する。
依頼を受けた飲食店の中には、看板などを出すより、大きな赤ちょうちんをドンっとつるした方が、効果があると提案することもあり、「自分の利益にはならないが、その人のために寄り添っていたいからです」とほほ笑む。

高校卒業後、専門学校の未来ビジネスカレッジ(松本市渚2)で2年間、デザインを学んだ。その後、2カ所の看板広告会社で修業し、26歳のときにサイントモミに入社した。
「家業を継ぐと決めたのはこの会社に入る前後。それまではなかなか『継ぐ』というスイッチが入らなかった」と当時の心境を明かす。

2年以上に及ぶコロナ禍で、店舗の入れ替わりが激しく、「閉める店があれば、新たに開く店もある。そこに仕事がある」。
また、こうした時代に多店舗展開する店もあり、そうした店の経営者からは大きな刺激をもらっているといい、「何か強みがあるはず。人から学べるものは、素直に学ぶ」と謙虚だ。
「初代も2代目の父も職人気質で、石橋をたたいて渡る人たちだった。自分は人から言われたことなどは、まず試してみるタイプ」と自己分析。「広い視野を持ち、何事もアクティブに挑戦していきたい」と3代目は前を向く。

【プロフィル】
うえはら・せいじ 1984年、松本市出身。2010年、サイントモミ入社。14年、代表就任。18年、法人化し社長就任。22年度の松本青年会議所理事長を務める。松本市筑摩在住。