輝くステージのお手伝い
【みちもと・りょうや】29歳、大阪市出身、代官山音楽院管楽器リペア科卒。22年3月ウインズエム創業、代表取締役社長就任。
管打楽器専門店ウインズエム
松本市井川城3丁目6-51 ヤマキビル1F東 ☎0263-74-5200 FAX 0263-74-5199 Email info@windsm.com
―うまく吹けるかな
大阪市内で生まれ、小学生で大町市に移住しました。6年生の時、父と一緒に松本市にある音楽教室に通い、父はテナーサックス、僕はアルトサックスを始めました。
きらびやかで値段も高そうな楽器をうまく吹けるか不安でした。でも、指の動きがリコーダーと一緒だったので、指使いは覚えやすく、5人くらいのグループレッスンで、練習も楽しかったです。
最初の発表会でディズニー映画「白雪姫」の中の「いつか王子様が」を、父と一緒に演奏したのが良い思い出です。
―音楽への道
高校に進学し、課外クラブで松本市のジャズのビッグバンドに所属し、いろんな経験をさせてもらいました。今でもメンバーで演奏しています。
楽器のリペア(修理・調整)に興味を抱いたのは高校2年くらいからです。何度か自分の楽器をリペアしてもらい、音が良くなることに感動しました。「自分も輝くステージのお手伝いをしたい」と思うようになりました。
リペア業界の情報を集めるため、学校の許可をもらって高校名入りの名刺を作り、「進路のために、お話を聞かせてください」と、楽器店が集まる東京のお茶の水や新大久保の店舗、工房を回りました。
ほとんどの修復士さんからは「この業界大変だからやめときな」と言われました。一方で「どの学校に良い先生がいるか」なども教えてもらえました。参考にして、進路は東京・代官山の音楽学校を選びました。国内楽器メーカーの設計開発を担当した業界屈指のレジェンドたちが講師で、2年間みっちりリペア技術を学びました。
―学校の楽器リペア
卒業後、長野市の楽器店に就職し、修理部門と同時に学校向け販売部門を立ち上げ、小学校から高校まで、楽器の販売と修理を請け負いました。
当時の学校の備品は昭和50~60年代の楽器がほとんどで、きちんとメンテナンスされていないものも多く、数年で400~500本ほどリペアしました。
注文が集中するのは部活動が休みになるテスト期間です。1校で多ければ50本くらいの楽器を受け持つので、短時間に楽器の状態を把握し、リペアをします。そのころの経験は、今とても役にたっています。
―信州の音楽文化
長野県は学校での音楽活動がとても盛んな印象です。小中学校には備品として楽器がたくさんあり、マーチングバンドの用具までしっかりそろっている。長野県のとても素晴らしい文化だと思います。他県の学校では、鉄琴、木琴、アコーディオンなどまでそんなにそろっていません。
大阪だと音を出す活動は、騒音問題に直結します。音楽会ですら音量が調節できる電子楽器が中心です。
さらに小学校から、県単位で部活をとりまとめる組織がしっかりあるのもすごいと思います。各学校の先生が顧問としてしっかり関わっているのも長野県の良いところではないでしょうか。
―創業に向けて
楽器店には7年勤め、辞めてから1年ほどかけて創業を準備しました。松本市でビックバンドを続けていたこと、県内ではやはり市民の音楽活動が盛んな松本市に魅力を感じ、「松本で創業したい」という気持ちが募りました。
リペアに携わるうちに、作業で使う修理工具にも興味を持ちました。実は楽器店で働いていた頃も何度か修理工具の相談を受けたことがありました。楽器のリペアはいわば特殊技術で、工具にも専門のものが必要な場合があります。
母校に相談したところ、東京都板橋区の製作所を紹介してもらいました。社長は国内ブランド管楽器の原型製作を数多く手がけた職人です。高齢で技術の継承を考えていたこともあり、オリジナル修理工具販売の業務を引き継がせていただくことになりました。
―スピード創業
リペア、中古楽器の販売、オリジナル工具の販売を業務の3本柱と考え、2022年1月、松本商工会議所に相談に行きました。作成支援を受けながら創業計画書を書き上げ、家賃補助や銀行融資も短期で受けられました。3月に法人登記。店舗物件を探し、4月に不動産契約、古物商の資格も取得。5月1日に開業しました。
当初はコロナの影響もあって苦戦しましたが、徐々に軌道に乗り、管楽器を1カ月に約30本、年間で360本ほどリペアしています。1年経過し、計画書と同じ売り上げを計上できるようになりました。
受注からは、なるべく1週間以内で仕上げ、直るのを待ち望んでいる奏者に戻せるよう、心がけています。店に持ち込まれた場合は、即日修理することもあります。
最近は、店の認知度が上がり、受注が途切れることはありません。オリジナル工具の販売も全国の修理士さんや技術学校に導入してもらい、シェアは拡大しています。
―1年を振り返ると
学校の外廊下で転び、へこんだ楽器を抱えて泣きながら来店した中学生。本当に細かなピストンの調整を任せてくれたプロのトランぺッター。創業してから、プロ、アマを問わず、音楽を愛するたくさんの人たちとの出会いがありました。
コロナ禍から、やっと演奏会が開催できるようになってきたところですが、この物価高―。
楽器には輸入品も多く、2年前に比べると、数十万円の商品が軒並み15万円くらい値上がりした感覚です。「激動の時に店をオープンさせたか」とも思っています。
今後は新品よりも中古が売れる可能性が高まっていると思います。今まで以上に楽器を大切に扱い、しっかり手入れをして、次の演奏者に渡していくことが標準になっていくかもしれません。
リペアの仕事は本当に地味で根気が必要ですし、一人でやるので他人と全く話をしない日もよくあります。でも自分の手で楽器がきれいになり、音が変わっていく現場に立ち会うことは、とてもうれしいです。これからも「輝くステージのお手伝い」を楽しく続けたいです。