プロと市民の「新たな表現」 「マツモト・ザザ座」が旗揚げ公演

それぞれの「宮沢賢治」に挑む

その劇には、明確な主役も分かりやすいストーリーもない。オノマトペ(擬音語、擬態語)を多用した“語り”、演者自ら奏でる音楽と体全体を使った表現で、客と対話を図る。
宮沢賢治の作品を原案に、新しい切り口の表現を目指す舞台「ケンジたち|いまそしてこれから─」。昨年10月発足した新劇団「マツモト・ザザ座」の旗揚げ公演の題目だ。
劇団メンバーは、松本市のまつもと市民芸術館が主催する「まつもと演劇工場(シアターファクトリー)2023」に参加した15人。彼らの熱意を受け、初めて松本で劇団の一員として演出に加わるのが、劇作家で演出家の加藤直(ただし)さん(81、東京都)だ。
長年、演劇界の一線で活躍する加藤さんと、未経験者も含む市民演者たち。両者が共に「新たな表現」を目指す。

考えて演じる繰り返し問う

2月初旬。土日曜は終日、平日は夜、深夜まで。初公演直前のマツモト・ザザ座の稽古場は熱を帯びていた。
演じるのは、オノマトペなど宮沢賢治独特の表現・語りを生かす、1時間余の「コラージュ」作品。ラストを飾るのが、演劇工場の課題としても取り組んだ童話「かしわばやしの夜」だ。
柏の木を中心とするにぎやかな自然界の営みと、訪れる人間との確執を描いた作品。お互いの語りを感じながら、時に音楽を奏で歌い、心情を表現していく。演者全員が常に舞台にいる設定で、個々の立ち位置や動き方なども重要な要素だ。
「ぴたっと動きを止めることで、お客に何が起こるかを考えさせなさい」「相手役とどういう関係なのか、お客にどう見られているか意識して」。劇団の一員として構成と演出を担う加藤直さんは、指示や命令をするのではなく、演者が考えて演じること、観客へ意識を向けることを、何度も繰り返し説く。メンバーも思考を深め、必死で食らいつこうとする。

上演17、18日会場は極楽寺

2011年にまつもと市民芸術館が始めた「まつもと演劇工場」。プロのアーティストと市民がともに演劇作品を創作する試みで、加藤さんは初年度から「工場長」を務める。プロや地元劇団で活躍する俳優も輩出したが、同期の多数がそろって劇団を立ち上げた例はなく、ザザ座が初めてだ。
高校生から還暦過ぎの世代まで、価値観も演劇経験も大きく異なる15人だが、「表現できた時の感動や、仲間と演じる喜びが忘れられなくて」と代表の黒住祐子さん(46、松本市)。これで終わるのは惜しい、「かしわばやし─」を再演したいと、東京まで出向いて加藤さんに思いを伝え、了承を得た。
長年さまざまな表現法に取り組み、一線の商業演劇も多数手がける多忙な加藤さんだが、2月の半分は松本に滞在し、手弁当で支える。市民劇団ならではの「直接観客と向き合えて、さまざまな反応や批判も含めたコミュニケーションが取れる場、自由な表現ができる場」の可能性に期待するからだ。
そんな加藤さんがいま、100年前の賢治作品を手がける意味とは。「あすや未来を思い描けない時代に、改めて賢治の素朴な見地、言葉で語ることで世界の見方も変わるのでは」
メンバーも「みな意欲や探究心が強く、熱量は負けない」(貴恵(きえ)さん)、「周りに付いていくので精いっぱいだが頑張りたい」(60代男性)と、それぞれのケンジに挑む。
公演は17日午後5時、同7時、18日午後5時の計3回、松本市深志2の極楽寺で。チケット一般2千円、高校生以下千円で専用フォームから予約できる。問い合わせはメール(zazaza.otoiawase@gmail.com)で。