「香道」を習い20年 母校で魅力伝える百瀬さん

人に教え学び香道と向き合う

かぐわしい香りがかすかに漂う室内で、香炉を手に載せ香りを聞く。精神を研ぎ澄まし香りに集中するひとときは、静寂と優雅さの中に身を置く特別な体験だ。
香りを“聞く”と表現する香道。華道、茶道と並ぶ日本三大芸道の一つだが、目にする機会はあまりない。
百瀬文貴さん(36、山形村)は香道を習い約20年。松本深志高校(松本市)2年生の時、香道部に入部したのがきっかけで始め、卒業後も続けてきた。
現在は家業の農業に汗を流しながら香道の稽古に通い、昨年からは母校の生徒にも教えるようになった。「香りの先に広がる世界や文化への興味が、香道に携わる原点」と百瀬さん。香道の魅力を知り、学ぶ側から教える側へ。歩みを進めている。

好奇心から部活に入部

香道志野流師範・矢上千佳子さん(80)の自宅(松本市里山辺)で開いた3月17日の稽古は、香をたき出す「香元(こうもと)」と記録をする「執筆」を男性2人が担当する「男手前」で、年に数回しか行われない貴重な香席だ。
10人が参加。複数の香を聞き当てる「組香」のうち、季節の植物名にちなんだ「小草(おぐさ)香(こう)」に取り組んだ。百瀬文貴さんは香元を担当。香木の香りを引き出す重要な役割で「緊張した。男女で所作が違う部分もあるので、正確にできるようもっと学びたい」と話した。
月に1回は松本深志高校香道部の稽古を担当。3月15日は4人が参加し組香をした。生徒の所作を確かめながらアドバイスする百瀬さん。3年生の赤羽優希さんは「年が近いので細かい事も聞きやすい」。先輩に指導を受けることで香道がより身近になったという。
矢上さんを指導者に設立22年となる同校香道部は、公立高校では珍しい部活。百瀬さんは2期生で、先に入部していた同級生の吉田智哉さん(36、新潟県長岡市)に話を聞き「面白そう。この高校でしか体験できないことをやってみたい」と始めた。
卒業後は東京農工大(東京)へ。香道を続けるため1年生の時に志野流に入門すると、知らなかったことがたくさんあると気付いた。
高校時代は香りを聞くだけだったが、香元や執筆も習うように。「歴史の中で磨かれてきた香道は、古典文学をはじめ着物、書道など、さまざまな日本文化が関係している。その奥深さに引かれた」と百瀬さん。
大学を卒業し県職員として信州に戻った後も、稽古を継続。男性が圧倒的に少ない世界だが、同級生の吉田さんも続けていることが励みになった。20年以上、二人を指導してきた矢上さんは「お互いに切磋琢磨(せっさたくま)し、よく続けてきた。これからの成長が楽しみ」と期待する。

県職員辞め農業の道へ

古典文学に関わりの深い香道だが、「自分はもともと理系。外で体を動かすことも好き」と百瀬さん。昨年4月に県職員を辞め、実家の農業に就いた。農作業中に眺める山々の景色や四季の移ろい、植物の成長は、香道や和歌の世界にもつながると感じている。
現在は、指導も含め月に3回ほど稽古に通う。忙しく体力も使う農業に携わりつつ、香道の静寂な世界に身を置く時間を大切にする。「より多くのことを吸収し、多くの人に香道に関心を持ってもらえるよう努めたい」と百瀬さん。人に教えることで自分も学びつつ、これからも香道と向き合っていく。

【日本の香りの歴史】595年、淡路島に漂着した香木が宮廷に献上されたと「日本書紀」に記される。香りは、伝来した仏教の儀式に用いられ、平安時代には貴族や宮廷の遊びとして流行。室町時代、8代将軍足利義政が精神性を重視した芸道として「香道」に。公家を祖とする「御家流」と武家を祖とする「志野流」の二大流派が生まれ、江戸時代は町民にも広まった。