【ビジネスの明日】#49 金宇館代表 金宇正嗣さん

コロナ禍と一緒にした再出発

「開業以来、初の大改修をして丸3年。古さと新しさがだんだんと調和してきました」。わずかにほっとした表情でこう語るのは松本市里山辺の美ケ原温泉にある旅館、金宇(かなう)館の4代目、金宇正嗣さん(40)だ。コロナ禍の始まりと共にリニューアルオープン。ようやく前代未聞の逆風から抜け出す感覚をつかんだ今の感想だ。
1928年(昭和3)開業の木造3階建ての金宇館本館を、2019年から約1年かけ改修。20年4月1日にリニューアルオープンした。
改修のテーマは「次の100年につなげる」で、柱、梁(はり)、天井板など残せるものは残し、新調した窓枠など、約200点の建具も全て木製。建具職人が「こんなに作ったのは生まれて初めて」と舌を巻くほどだった。工事費は数億円に上った。
しかし、新たな船出には新型コロナウイルスも付いてきた。オープンして1週間後の4月7日に初の「緊急事態宣言」が発出され、同館も19日から5月6日まで休業を余儀なくされた。
「ほぼ満室状態だった」という予約もキャンセルが相次ぎ、「お先は真っ暗、予約表は真っ白になった」と当時を振り返る。
その後も、次々と押し寄せるコロナ禍の「波」に同調し、浮き沈みの連続。今年になって「ようやく正常に戻った感覚がある」とかすかに笑う。
コロナ禍と一緒にした再出発。一見、「最悪のタイミング」のように思われるが、「この改修をやっていなかったら、今ごろ、金宇館はなくなっていたかも」。
改修前の本館は、客室ごとにトイレはなく、共同。「コロナ前だったたら『昭和レトロ』でよかったかもしれないが、コロナ禍では致命傷になっていた」と苦笑いする。
また改修後も、部屋数5室を維持するなど、規模を拡張しなかったことも奏功。「『密』を避けられそうな規模感が風潮にマッチした」。コロナ禍の中、金宇館を選択して訪れた新規客が、古さと新しさが融合した雰囲気を気に入って、既に常連になっているお客も多いという。
「コロナがあったからこそ、見詰められた部分はある」と強調。その中でも、創業100年近い歴史の中で代々、受け継がれてきた「できることを丁寧に」というおもてなしの心は間違いではなく、今後もそれを経営の基本に据えるつもりだ。
「『心が洗われました』と言ってくれる人もいる。そういう人と心を通わせるのが大切なことでは」

プロフィル
かなう・まさつぐ 1983年、松本市出身。松本県ケ丘高、立教大卒。栃木県の那須高原で2年、都内で1年、宿泊業と料理の修業をし、26歳の時に金宇館に就職。2017年に4代目代表に就任。同市里山辺在住。