【記者兼農家のUターンto農】#112 幼穂

夏に育つ 稲穂の赤ちゃん

「稲に穂ができてきた」と父が言う。外観からは分からない。茎の内側にあるのだ。
田んぼから太めの茎を抜き取り、縦に割る。薄い皮で何重にも囲まれた中に、青白く、みずみずしいものがあった。小さな粒々が連なっていて、穂のミニチュアに見えないこともない。
「幼穂(ようすい)」という稲作用語が付いている。稲穂の赤ちゃんだ。種まきから3カ月ちょっと。この時期のお出ましが標準的だという。
実物を目にするのは初めて。見た瞬間、小さなトウモロコシにも見えた。皮にくるまれた中に実の粒の棒が隠れているという構造も似ている。
どちらも同じイネ科だということを思い出した。食品として米、トウモロコシを見ていたときはまるで気づかなかったが、育つ間には似通う時期もあることを目の当たりにして、仲間なんだと実感した。
幼穂の生育状況をきちんと観察するには、カッターナイフで縦に刃を入れて、きれいな姿を取り出して見る。その赤ちゃんがしっかり育つよう、追肥をすることがある。「どうすりゃいいかな」。幼穂や田んぼ全体の様子を見ながら、父は思案顔だ。肥料成分が足りないと穂が十分に成熟できないし、あり過ぎると草丈が伸び過ぎて倒れやすくなる。
この時期、肥料のほかにも欠かせないものがある。
稲は、これから花が咲き、茎の中から穂が出てくる。用語はまさに「出穂(しゅっすい)」。外見は、どんどんトウモロコシから離れて稲らしくなる。
このときの気温が大事で、低すぎると、受粉がうまくいかなかったり、穂の成長が阻害されたりする。このところの暑さからすると心配なさそうだ。
そして、太陽。これから稲は子孫を残すことに注力する。夏の日光を存分に浴びて光合成し、でんぷんを作って穂にため込んでいく。
夏本番、風にそよぐ稲の内部で、実りの秋の準備がフル回転を始める。