【ブドウ畑に吹く風~記者のワイン造り体験記】#15 たる入れ

時間かけ深みや複雑さ醸成

12月初旬。松本市笹賀のガクファーム&ワイナリーで、今季ワイン造りの最終盤となる作業、赤ワインのたる入れを見学した。
たるはオーク(樫)材でできた輸入品。フレンチオークとアメリカンオークがあり、一般的に前者は繊細、後者はしっかりとしたたる香(こう)が特長だ。ガクワイナリーでは「ワインそのものの味、香りを大切にし引き立てる」フレンチをメインで使う。たる内部はトースト(焼き加工)され、焼き加減で香味成分の多さやバランスが変わり、ワインの味に大きく影響する。
各ワインに最適なたるを選ぶのは、醸造の重要な要素だ。この日は、今年購入した約200リットルの新だるにメルローを入れた。たるの上部の穴に顔を近づけ、新しいたるの匂いを嗅いでみる。木材のほんのり甘い香りが鼻をくすぐる。「バニラ香だね」。オーナーの古林利明さんが教えてくれた。
タンクから電動ポンプをつないだホースで、たるにワインを満たしていく。液体が放出されるどーっという音がかすかにたる内に響き、ワクワクする。20分ほどでたるはいっぱいに。最後に酸化を防ぐため、たるの穴の下ぎりぎりまで注意深くワインを注いで、たる入れが完了した。
たるそのものに保温作用があり、さらに約15度に保たれた貯蔵室で、数カ月から長いもので1年以上かけ、ゆっくり熟成(育成)する。熟成によってワインに深みや複雑さが増し、個性や魅力がより際立っていく。
たる自体が酸素を通し、いわば呼吸している状態なので、約1カ月でボトル1本分のワインが減り、その分を補てんするという。フランスでは「天使の取り分」というそうで、何ともウイットに富んだすてきな表現だ。
今後は、たるの穴からワインの状態や香りの付き方、熟成具合いを時々確認し、3~4カ月に1度、底に沈むおりを取り除く「おり引き」をする程度。あとはワインが、たるの中でゆっくり育ってくれるのを待つだけだ。
「今年のメルローはいいブドウだった。今後人間のできることは少ないが、いいワインになってほしい」。古林さんのつぶやきに、生産者兼醸造家の祈りにも似た心境を思った。