復活の「盛よし」東京でも大人気

東京・府中出店し連日の行列

一度は閉店しながらも昨年8月復活した松本市の洋食店「民芸レストラン 盛よし by onion」(深志2)の東京・府中店(府中市)が、12月1日のオープン以来人気になっている。ランチタイムは連日10卓のテーブルが埋まり、店頭の行列も絶えない。
ポスターやSNSなどでPRはしたが、繁盛の理由はやはり松本店同様、味と値段、サービスの良さ。「懐かしい洋食の味に合えた」(60歳男性)、「エビフライに舌鼓。店の雰囲気もいい」(45歳女性)とお客を満足させる。
府中出店を実現させたオニオン新聞社社員浅川和也さん(35)は「スタッフの奮闘のおかげ」と話し、松本から派遣の井口あずささん(22)と餘田(よだ)宗彦さん(35)の名を挙げた。

愛された味守り届けて笑顔を

「ハンバーグ定食4人前の注文入りました」「次はヒレカツ定食3人前です」。京王線府中駅の駅ビルにある「盛よし府中店」の昼。注文の連続で目が回る忙しさの厨房(ちゅうぼう)に、井口あずささんと餘田宗彦さんの姿があった。
井口さんは幼少時に松本の旧「盛よし」で食べたコーンポタージュのおいしさに感激し、以来、家族や友人らとの外食は「絶対『盛よし』」という熱烈なファンに。昨年3月の突然の閉店に絶句し、8月の復活に歓喜した。
転職を考えていた井口さんは復活時のアルバイト募集に「二度と青春の味を失いたくない。私が守る」と心で誓い、応募。接客担当で採用された。
任された仕事をこなしながら、本格的な調理経験もないのに毎日スープやソースを味見した。記憶に刻んだ味と少しでも違うと、「『盛よし』の味ではありません」と直言した。指摘は常に正しく、シェフや統括責任者の浅川和也さんを「長年の味を寸分も崩すまいとする使命感と確かな味覚はすごい」と感心させた。
餘田さんは、「盛よし」復活に尽力したオニオン新聞社の浅川さんの旧友で、何度か一緒に旧「盛よし」で食事した。松本市内の老舗料亭の生まれだが、高校生のとき経営する父親の病気でやむなく廃業。将来は跡を継ぐ考えだった餘田さんは何もできない自分に悔しさを募らせた。
会社勤めも長くなった頃、旧「盛よし」閉店のニュースが耳に。「何か深い事情があったのだろう」。人ごととは思えなかった。
程なく浅川さんから「『盛よし』復活に力を貸して」と頼まれた。「飲食業の大変さを分かっていないな」と反発も覚えたが、あの悔しさがよみがえった。「老舗の継承に身を投じ、心残りを晴らそう」と思い直し、浅川さんに「手伝いたい」と返事した。
厨房に配属されたが、洋食修業は想像以上に大変だった。丁寧に調理するとシェフに「遅い」と叱られ、手早く済ますと「雑な仕事をするな」。そんなつらさも常連客の「変わらぬ味をありがとう」のひと言で吹き飛んだ。
浅川さんはひたむきな井口さんと餘田さんを府中店の立ち上げメンバーに抜てきした。井口さんは正社員となり、府中でスープの仕込みやバイトスタッフの指導などを担当。1月から松本店に復帰したが、府中店にも定期的に出張する。「同僚には『思ったことはどんどん発言しよう』と呼びかけ、前向きで楽しい職場にするよう心がけています。お客さんの『いつ来てもおいしい』につながりますから」と笑顔で話す。
餘田さんは調理を任され、味の研さんを続ける。府中に引っ越しもした。「俺の道はここにしかない。府中店の味も地元の人の思い出の味になるよう頑張る。まだ半人前ですが、そんな決意で厨房に立っています」
店同様、新たな門出を飾ったばかりの2人だが、浅川さんは「『盛よし』の柱になり、両店の味と看板を守っていく人材」と期待する。

【オニオン新聞社】千葉市に本社を持つ株式会社。地域情報紙の発行を祖業に、現在はインターネット広告の代理業や地域創生事業、起業家支援事業などを展開する。長野県では「盛よし」経営のほか、県内地酒のネット販売も手がける。