信州北限のカノープス撮る 北緯37度の信越国境・困難な撮影振り返る

「奇跡の星」追い36年…極限挑んだ13シーズンの軌跡

南半球に輝くりゅうこつ(竜骨)座の1等星「カノープス」を撮影して36年。「撮れる県内の北限はどこか?」。そんな問いに挑んで13シーズン目になる。この星が見える角度(仰角)が0.3度ほどしかなく、「撮れたら奇跡」といわれる北緯37度の飯山市と栄村の信越トレイル沿いでの、極めて難しい撮影を振り返った。

撮影地探し出し挑戦を繰り返す

【北緯37度の撮影地点を探せ!】
2011年夏、信越トレイルの関田峠から天水(あまみず)山まで、アップダウンが激しい約27キロの区間を何回か分けて歩き、撮れそうなポイント8カ所を推定した。新潟県側は日本海まで見渡せるが、ブナ林に覆われる信州側は、星が現れる地平線の辺りを見通せる場所が少ない。
深坂(みさか)峠と三方岳の間、北緯37度1分20秒の地点で、南方が開けた絶好の撮影ポイントが見つかった。カノープスの高度が最も高くなる南中時刻の方位を磁石で探す。左手に岩菅山(2295メートル)から志賀高原の横手山(2307メートル)への高い山並みが続くが、横手山の右側に毛無山(1650メートル)に向かって落ち込む鞍部を見つけ、南中後に現れるはずのカノープスに期待が膨らむ。以降、県最北端にも近いこのポイントで何度も撮影に挑戦した。
【緊張みなぎる真夜中の撮影】
同年11月3日午前2時。車中泊する車から信越トレイルを約1キロ登り、撮影の準備をする。カノープスの“仮想の光跡”をイメージして期待を膨らませたが、南中時刻を過ぎて薄雲が広がり、現れなかった。
携帯ラジオのスイッチを切ると、急に静けさが襲う。約40キロ先の横手山山頂の照明がシリウスのように明るい。眺めていると、04年11月24日の横手山での撮影が鮮明によみがえった。「噴火する浅間山の火映の中をくぐるカノープス」。記者の代表作が脳裏にオーバーラップする。
突然、しじまを破るフクロウの鳴き声が。慌てて重い機材を背負い、帰路を急いだ。

撮影チャンスは2週間に限られ

【捉えた北緯37度のカノープス】
23年11月4日午前4時24分。牧峠と宇津ノ俣峠間の北緯37度0分27秒付近で、ようやく撮影に成功した。とはいえ、山並みの鞍部にわずか30秒ほどしか見えない厳しさだ。この場所での撮影は5回目で、過去4回は撮れていない。大気の浮き上がり現象の影響か?この時は、山上の気温が飯山市街地より4度以上高い逆転現象が起きていた。
【美しい“北限”が撮れるのは】
「信州北限のカノープス」が美しく撮れるのは、飯山市・関田峠の茶屋池付近(北緯36度59分22秒)から。上田市菅平の根子岳(2207メートル)の稜線(りょうせん)に沿い、南中時刻を過ぎたカノープスが光跡を描きながら、27分間ほど現れ消える。
左上にカノープスを追いかけるように明るい光跡を描く、とも座の3等星「タウ(τ)」が画面に入ると臨場感が増す。
【難易度が高い撮影条件】
カノープスの撮影は10月下旬から始まるが、豪雪地のアクセス道路は11月10日前後で全て冬期閉鎖に。撮影期間は2週間しかない。この時季の飯山地方は外気温より千曲川の水温が高いため、霧が発生し撮影に悪影響も出る。
しかも撮影ポイントは全て、野生動物のすみかの中だ。最も注意すべきは冬眠前のツキノワグマ。煙幕で火薬臭のバリケードをつくり、大音量の携帯ラジオや護身用に電動チェーンソーを持参。長年クマを取材した経験を生かし、「危険」を「困難」と言えるレベルまで引き下げて撮影に臨んだことを付け加えておく。

国立天文台上席教授・渡部潤一さんが祝福
「前人未踏の快挙」

丸山記者と四半世紀以上の親交がある国立天文台(東京都三鷹市)上席教授の渡部潤一さん(63)が、今回撮影された写真にコメントを寄せた。
「カノープスを追い続けている丸山さんがついに、長野県最北端の地からの姿を捉えた。撮影緯度は北緯37度0分27秒。ほとんど新潟との県境で、わずか30秒ほどのカノープスの輝きがはっきり認められる。長野県のこの緯度で、この撮影は前人未到の快挙だ。13年にわたり挑戦を続けられた情熱には、ただただ脱帽するしかない。フロンティアはかくのごとく開拓されていくだろう。
撮影成功、心よりお祝い申し上げたい」

【メモ】カノープス おおいぬ座のシリウスに次ぎ、全天で2番目に明るい恒星。明るさは太陽の2万倍。北半球からは、遮る物がない場合で北緯37度9分が観望の限界。冬は地平線付近に短時間姿を見せて消える。松本市からの仰角は1.63度。中国では「南極老人星」や「寿星」と呼ばれ、「この星を一目見られたら長生きできる」といわれている。
(丸山祥司)