【記者兼農家のUターンto農】#70 月の影響

「本当だった」お月様さまさま

朝の薄明、ラジオから弾んだ声が聞こえてきた。「昨夜はきれいな月が見られました」。前日の10日が「中秋の名月」だった。
私は見逃していた。「間に合うかな」。リーフレタスの株を切る手を休め、西を見ると、あった。山並み近く、ほんのり朝焼けに色づいた空に真ん円の月が浮かんでいた。
月で思い出した人がいる。薬草のカワラヨモギを栽培する松澤孝市君(49)。以前この連載で紹介した小学校の元同級生だ。農作業のタイミングに月の満ち欠けを参考にすると話していた。酷暑の影響も気になって、2カ月ぶりに訪ねた。
「今年は月のおかげでよかったよ」。松澤君はにこやかに言った。カワラヨモギは順調で、あと1カ月ほどで収穫を迎える。振り返ると、畑への定植がうまくいったという。
ポイントは植え付けの時期。満月の頃を狙った。植物が根から枝葉に水を吸い上げる力が強くなる頃だという。種まきや接ぎ木、溶剤散布にもいい。
逆に、新月では根の方に水が下る。剪定(せんてい)にいいタイミングだ。「月と農業」(農山漁村文化協会刊)などに学んでいるという。
きっかけはベテラン農家のひと言だった。「太陰暦でやるんだよ」。半信半疑で満月に大根の種まきなどをしたところ、発芽や生育が格段によくなった。逆に、新月に山の木を伐採すると、すぐにまきにできた。「本当かよと思ったけど、本当だった」
聞いて、私は「本当なのかも」と思った。昔の暦に従う農法には、月と植物の生態に関わる科学的な裏付けがあるというわけだ。ただ、懐疑的なことも聞く。農家個々との相性もあるかもしれない。とにかく、試す価値はありそうだ。
試して、松澤君は効果を実感した。「だから、お月見で感謝のお供えをするんじゃねえかな」。経験者が語ると、説得力がある。