雄の「松本てまり」に地域愛
神社の「こま犬」は、昭和の終わりには機械で彫る中国製の大量生産品がほとんどを占めるようになった。そのころに、地元の石工が地元産の石を彫って納めた2体は、全国的に希少な存在という。まりを前足で押さえるデザインは珍しくないが、作者は特産品の「松本手まり」の模様を刻み、地域への愛着を伝えている。
作ったのは、伊藤石材店(同市中央3)社長で「石のアーティスト」としても知られる伊藤博敏さん(63)。「佐久石」と呼ばれる溶結凝灰岩を彫り、高さ約1・2メートル、台座も含めると2.5メートルほど。「人が歩くと参道を吹き抜ける」と伝わる風にたなびく毛、隆々とした背中の筋肉、台座にかけた鋭い爪など、躍動感にあふれている。
足元に子どもがいる、口を開けた右の阿(あ)形(ぎょう)が雌、口を閉じた左の吽形(うんぎょう)が雄。父の手まりを子が狙い、それを母がとどめている|という物語を表現した。
伊藤さんが制作を依頼されたのは、20代の半ば。こま犬は初めてで、あちこちの神社を見て回り、準備を含めて3カ月ほどで仕上げた。「後世に残るものに携わらせてもらい、ありがたかった」という。
「こま犬研究家」の高松伸幸さん(52、安曇野市穂高有明)は「オリジナリティーやストーリー性に加え、地域色も備えた逸品。顔立ちも端正で、細かい部分まできっちりと彫り込んでいる。バランスも素晴らしい」と褒めちぎる。