【記者兼農家のUターンto農】#72 はぜ掛け米

太陽の光と重力でうまくなる

前回、連載で触れた台風は14号だった。1週間とおかず、15号がやってきた。二つの台風の間も空はすっきりせず、雨が降ったりやんだり。田んぼのはぜに掛かった稲わらを雨水が伝い、穂先をぬらし続けた。
重力に従うのは、雨水だけでないらしい。「稲の栄養分が穂に下りてくるっていうことだぞ」と父が言った。大地から切り離されてなお、栄養分が保たれ、種子に送り込まれるということがあるのだろうか。妻は米穀店のウェブサイトで読んだことがあるという。
調べてみると、クボタも同じ効用を紹介していた。はぜ掛けより、コンバインの購入や使用を勧めたいはずの大手農機メーカーも言っているとなると、信ぴょう性が増す。
はぜ掛け米がおいしいのは、自然乾燥のためとは聞いていた。乾燥機の熱風を当てるより、天日でじっくり乾かした方がうま味が増すという理屈だ。
加えて、稲わらに蓄えられた栄養分も重力を使って生かすということなのか。農家に生まれながら五十路(いそじ)近くで知った。聞いたことはあったのかもしれないが、忘れていた。Uターンして、今度は血肉になるのだろう。
Uターン後に気づいていたことには、農家ではない人たちがはぜ掛け自体をあまり知らないということだった。昨秋、あるマルシェで「はぜ掛け米」を売り文句に出してみたが、伝わっていない感じがした。「自然乾燥なんですよ」という説明に、「だから何?」といった反応もあった。
手間をかけた者としては寂しいが、米市場全体を見渡してみれば納得もする。流通量は微々たるものだ。
とはいえ、産地の近くに住んでいて存在を知らないのはもったいないと思う。直売所で手に入る。ただ、味の好みは人それぞれ。食べてみて、改めて機械乾燥の方がうまいとなることもあるだろう。
台風15号が去った後は、穏やかな天気が続いた。脱穀し、今年のはぜ掛けの恵みを味わえる日はもうすぐだ。