【記者兼農家のUターンto農】#80 風食

春の嵐を植物の力で防ぐ

うちは松本盆地の東南のへりで、平全体の見晴らしが利く。春先、西方に土煙の見えることがある。春一番のような強烈な風が、塩尻市洗馬から松本市波田や今井、山形村、朝日村にかけて吹き荒れ、広々とした田畑の土を巻き上げる。
「砂嵐発生」と、年に一度くらい新聞に載る。春の風物詩のように扱われるおなじみの自然現象だ。
ただ、現場はのんびりと春の到来を喜べない。見通しが利かない道路で車の運転は危ない。地域からは、洗濯物が干せないという苦情が上がる。
発生源の田畑も迷惑をこうむる。年によって違いはあるが、過去には5ミリの表土が飛ばされたという研究もある。一般に1センチ(10ミリ)の表土ができるのに数十年かかるといわれる。長年育てた土を削り取られるのは、「風食」といわれる通り、作物を食われるにも等しい被害だ。
防ぐには、土の表面を覆うのが一番。2004年、自治体や農業団体などで「松本南西部地域農地風食防止対策協議会」がつくられた。主にやってきたのは、農家に麦類の種子を配ること。秋に田畑にまいて、春の作業が始まるまで緑で覆ってもらうのが狙いだ。
だが、思うような効果を得られていない。対象の約2100ヘクタールで、麦をまいたのは4割弱にとどまる。手間や経費を考えると、メリットを感じない農家が多いという。
また、麦は腐熟に時間がかかるため、早めに起こして土と混ぜる必要がある。結局、土が長く風にさらされる難点もある。
そこで今秋から協議会が試しているのが、マメ科のヘアリーベッチ、花のハゼリソウ。試験畑にそれぞれの区画をつくって、どのくらい土が覆われるか、風食を防げるか、来春にかけて調べる。
二つの植物はどちらも緑肥として使われる。肥料高騰の折、一石二鳥の効果が期待できる。メリットを感じる農家が増えそうだ。
寒風の農地で、地域の春の光景を変えるかもしれない試みが進んでいる。