【ビジネスの明日】#37 マル井社長 井口彰さん

安曇野で陸ワサビ 栽培に注力

「ワサビは本来、日本の食材。このまま放っておけば、国産ワサビに将来はない」。こう危機感を募らせるのは、加工メーカー、マル井(安曇野市豊科)の3代目、井口彰社長(70)だ。畑で育てる「陸(おか)ワサビ」の同市内での栽培に注力している。
約30年前、安曇野一帯では、水にさらして育てる「水ワサビ」を中心に、年間約1300トンの収穫があったが、生産者の高齢化、湧き水の減少、気候の温暖化の影響などで年々減少し、近年は約800トンになった。
ワサビ市場の全体をみても、加工品にする原料などは、中国からの輸入がほとんどで、「今のように世界情勢が不安定な状況が続けば、原料さえも調達できなくなる」。
こうした危機感は約10年前からあり、自社で陸ワサビを栽培するためのノウハウを研究した。全国からさまざまな品種の種を取り寄せ、交配。病気などに強く、収量のいい苗を開発した。
2年前に栽培技術を確立したことから、昨年から、あづみ農協と連携して栽培してくれる農家を募集。8戸の農家が33アールで栽培を開始し、来月中旬までには約30トンを同社に出荷する予定になっている。
地元農家からの、これだけまとまった量の出荷は初めてで、「陸ワサビの栽培は、思ったより手間がかからず、収入もいいことを知ってほしい」とし、「この30年間で減った分を取り戻せるくらいの栽培量にできたら」と期待する。

子どものころからパイロットに憧れ、高校卒業後、いったんは東京理科大学に進学し、物理学を学んだが、1年で中退。航空大学校に入り直し、夢を追いかけた。
航空機メーカーのテストパイロット、新聞社の航空部で連絡飛行業務を行った後、航空会社のANK(エアーニッポン)に入社。YS ─ 11旅客機の機長や社内飛行教官などを務めた。
総フライト時間は約7000時間。幼い頃からの夢をかなえ、旅客機の機長になったことで、「空への本懐は遂げた」と、父・安司さん(故人)が創業したマル井を継承することにした。
パイロット時代の危機管理は、現在の会社運営にも生かされているといい、「社長というよりは機長。YS─11の乗客乗務員数が、この会社の社員数とほぼ同じ。安全に飛行するには、クルー(社員)との信頼関係は絶対です」と、熱く語る。

【プロフィル】
いぐち・あきら1952年、穂高町(現安曇野市穂高)出身。松本深志高校卒。航空大学校を経てパイロットに。94年、マル井入社。2011年、社長就任。安曇野市穂高在住。